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個展「 liminal」 mahokubota gallery

更新日:2023年8月18日

会期 5月26日(金)〜6月24日(土)

会場 mahokubota gallery



画家・菅雄嗣の個展は、「リミナル・スペース」がテーマだという。この言葉は特にコロナ禍以降にオンライン上で拡散したインターネット・ミームで、人がいなくなって閑散とした商業施設などの写真が特異な感情を醸成する現象を指すそうだ。その感情は不気味さや懐かしさが混在した言い難いもので、一般的に美学の領域において定義される「崇高」——ポジティブな感情とネガティブな感情が共存する状態——に近いようにも感じる。


今回の個展で菅は実在しないリミナル・スペースを3DCGに起こし、それを基にして絵画を制作している。そこで用いられる描画の手法は、磨き上げた画面に塗り重ねたモノクロームの絵具を削り取っていくという作家の代表的な描き方が踏襲されている。


リミナル・スペースの「元ネタ」ともいえる概念は、イギリス人人類学者のヴィクター・W・ターナーが考案した「リミナリティ」である。「境界性」と邦訳されるリミナリティは、「あいまいで不確定な属性」(ヴィクター・W・ターナー『儀礼の過程』冨倉光雄訳、ちくま学芸文庫、2020年、152頁)を示す。


このように考えると、菅の新しい試みは彼の一貫した関心と接続していることがわかる。第一に、菅はつねにメディア横断的な絵画実践を探求してきた。削り取った絵の具を対になったもうひとつのタブローの画面に物理的に移動させる彼のもうひとつの代表的な絵画制作の手法は、本展出展作にも見られる。これはまさに加算を基本とする絵画と減算を基本とする彫刻を同時に成立させ、それゆえに両メディウムを軽やかに往還する手法であるといえる。


第二に、菅は自身の作品を通して現実と虚構という二項対立を脱構築し続けてきた。《此岸と対岸》と題された2枚1組の絵画では、バブル期に建設されたテーマパークとその「元ネタ」であるヨーロッパの港湾都市がモノトーンで描かれている。そこに現出するのは(絵画を通した)シミュレーションに加え、シミュレーションのシミュレーションである。シミュレーションの多重性は現実と虚構のリミナリティを可視化し、両者のあいまいさを暴露するだろう。


昨今アーティストの個性や主体性がフィーチャーされることが多いが、菅雄嗣はその逆方向へと確信をもって歩みを進めているように思われる。菅の絵画は存在ではなく不在を、充溢ではなく空虚を提示する。同様に、はっきりした答えではなく問い自体のあいまいさを。こうした歩みのすべてが「リミナルな(境界線上の)もの


」の暴露へ、そしてリミナリティ(境界性)が創出する深淵へと導かれている。

美術研究家 山本浩貴


all photo by ©️KEIZO KIOKU


展示画像は EXHIBITIONページからご覧になれます。







































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